モーツァルト:交響曲第38番〜41番アーノンクール(ニコラウス)
価格:¥ 1,796 (Music)
(参考価格:
発売日:2001-05-23
おすすめ度 ★★★★★
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1 交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」
2 交響曲第39番変ホ長調K.543
Disc:2
1 交響曲第40番ト短調K.550
2 交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
★★★★★ 2005-06-06 対話するフレーズ、言語としてのモーツァルト。
このCDを最初に聞いたときは、とにかく40番の疾走感に唖然としましたが、よく聴きこんでいくとやはり細部までアーノンクール流を貫いていることがわかります。
すぐわかるのが、テンポ設定の特異さです。アーノンクールは絶対的なテンポを規定するのではなく、楽章間の相互関係(別の楽章よりも速いか遅いか)を重視しています。これによって、楽章ごとのテンポ感の違いが非常に明確に表現されていると思います。
次に気づくのが拍子表現です。特に面白いのがメヌエットで、通常は優美に演奏されがちなものがアーノンクール流の解釈では力強くきびきびとした三拍子になります。これによりダラダラした表現になりやすかったメヌエットが、生き生きと緊張感のある楽章へと生まれ変わっています。
そして最も細かな動機単位の表現。モーツァルトの書いた「問いかけと応答」をしっかり読み込んで、比較的短い動機単位で関連性表現を行います。前後のフレーズの応答だけでなく、同じタイミングで奏される楽器同士の関連性まで緻密に表現されており、驚くべき細密さでモーツァルトの記した曲構造をドラマティックに解き明かしていきます。
結果として表現されたものは、「対話する言語として書かれたモーツァルトの交響曲」でした。それは従来の「ただ美しく心地よいメロディが流れるだけのモーツァルト」との決別でもあります。自らの芸術に厳しかった一人の作曲家の最後の到達点である交響曲を、かくも見事に演奏しつくした名盤だと思います。
★★★★★ 2004-11-06 モーツァルトが好きになりました
このアーノンクールの演奏を聞いて、初めてモーツァルトが好きになりました。
小学校とかで聞かされていたしょうもないモーツァルトとは違います。最初からこの演奏を聞いておけば、モーツァルトもいい音楽だと思うこと間違いなしです。
比較のために後からカール・ベームやバーンスタインといった有名どころの演奏も買ってみましたが、なんであんなに堅苦しく重たい演奏なんだろうと思ってしまいます。
とにかく、華やかで軽快な名演です。
★★☆☆☆ 2004-06-30 ギスギスのモーツアルト
私は、どうもアーノンクールは嫌いです。
テンポ設定、バランス、音色、ありとあらゆるエレメントが私には合いません。どうして、ここまでモーツアルトを異形なものにしなくてはいけないのでしょうか?
そして、どうしてこんなものが、もてはやされるのか?
美しく、普通に、キレイに演奏してはいけないのでしょうか?
モーツアルトが意図したものとは絶対に違う。
アーノンクールを絶賛している評論家も、
現代的なモーツアルトとか、
斬新なモーツアルトなどと言っているではないか。
要するに、これはモーツアルトではないのである。
このCDは最初に買うべきものではなく、クラシックに飽きてきたときに聞けばよい。
でも、私なら、クラシックに飽きたときは、ジャズを聴くけどね。
★★★★☆ 2002-11-06 非常に男性的
80年代のアーノンクールの演奏は余りに“アク”が強くて好きではなかったのですが,雑誌等によると最近の演奏の評判がいいので買ってみました。
結論から言うと,非常に力強く構成がしっかりとした演奏でした。弦が少し繊細でないところが減点ですがそれ以外は気に入りました。特に第4楽章は何度聞いてもいいです。現代的な演奏のモーツァルトをお望みの人にはお勧めだと思います。
★★★★★ 2002-03-07 驚異! 感嘆! 感動!!!
いずれもアーノンクール2回目の録音で、4曲ともライブレコーディングである。39番〜41番は、モーツァルト没後200年記念イベントとして、ムジーク・フェラインザールで行われたコンサートの録音であり、映像はLDでも発売されていた(その時ウィーンフィルはショルティと聖シュテファン大聖堂でレクイエム?を演奏していた)。38番は少し後の録音であり、ホールが違うこともあり、印象が若干違う。
これは驚異的な演奏である。「ベートーベン交響曲全集」とともにアーノンクールの名声を決定的にした「名演中の名演」と言わざるを得ない。日本でも音楽学に詳しい若い世代の音楽評論家から、「理想的な演奏」という絶賛が相次いだ(この世代の評論家は、何事にも懐疑的で、普通「理想的」「ベストワン」「空前絶後」という表現をしないので、これは例外的な<評価>といえよう)。
驚くべき情報量である。楽曲は<動機>段階まで分解され、徹底的に彫琢されたうえ、(指揮者のラテン的情念で)アポロン的大伽藍へと再構成される。アーノンクールの場合は<動機>というよりもフィグールと言うべきかもしれない。彼は、楽曲に潜む中世・ルネサンス以来の様々な意味付けを承継した音楽の<要素>に対し、そのすべての文学的・精神的・歴史的・美学的・・・意味を理解・咀嚼した上で、<彼の演奏>という個別的な実践に必要な範囲で音響に反映させている。
この演奏には、空前の明晰さとスケール、そして巨大なアポロン的意志の力に満ちている。聴き手に、作曲家が書いた「すべての?音」「すべての?テクチュア」が聞えているという錯覚を与えるだけでなく、作曲家の「すべての?情念」をも体感している錯覚も与える(その意味でディオニソス的かもしれない)。スコアを見ながら数十回聴いても、この情報量を受け止められる聴き手は稀であろう。
アポロン的調和の世界でありながら、この演奏は聴き手を「血湧き肉躍る」肉体的快楽の世界へさえも導く。アーノンクールの革命(の完成段階)を、手っ取り早く体感するには、このモーツァルトの4曲、特にオススメである。
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